「判断ができない」「正解がわからない」と感じるたびに、自分を責めていませんか。しかし作業療法士の判断は、本来すぐに答えが出るものではありません。迷いが生じるのは、専門性が低いからではなく、扱っている情報量が多いからです。本記事では、判断に迷う構造と、それを支える臨床推論の考え方を解説します。
作業療法士の判断が難しいと感じる5つの背景

作業療法士が判断に迷うのは、能力不足や経験年数の問題だけではありません。評価・介入・生活背景・本人の価値観といった複数の要素を同時に扱う職種特性そのものが、判断を複雑にしています。この章では、なぜ作業療法士は「判断が難しい」と感じやすいのか、その背景を構造的に整理します。迷いが生じる理由を理解することで、自分を過度に責めず、冷静に臨床を振り返れるようになります。
評価と介入の間で何を優先すべきか迷う
作業療法士の判断が難しく感じられる大きな理由の一つが、評価と介入の距離の近さです。評価を進めながら同時に介入も求められる場面が多く、「まだ評価が足りないのではないか」「今この関わりは早すぎないか」と迷いが生じやすくなります。特にADLや生活行為を扱う場面では、目に見える変化と背景要因が一致しないことも少なくありません。このズレが判断の不安につながり、行動をためらわせる要因になります。
直感と論理のバランスをどう取るか
臨床では、これまでの経験から生まれる直感が役立つ場面があります。一方で、その直感を言語化できず、根拠として示せないと不安になることもあります。作業療法士は科学的根拠に基づく判断と、個別性を尊重した感覚的判断の両方を求められる職種です。この二つを同時に扱うため、「今の判断は感覚に頼りすぎていないか」「理屈に寄りすぎていないか」と迷いやすくなります。
基準が曖昧で「正解がない」現場
作業療法の現場では、明確な正解が用意されていないケースが多くあります。同じ評価結果でも、対象者の生活歴や価値観によって最適な介入は変わります。そのため、「これが正しい判断だ」と断言しづらく、不安が残りやすくなります。正解を探そうとするほど判断が止まり、「遅い」「決められない」という自己評価につながることもあります。
上司や他職種との価値観の違い
判断に迷う背景には、他者との視点の違いも影響します。上司からの助言や、理学療法士など他職種の意見と自分の考えが一致しない場面では、「自分の判断は間違っているのではないか」と感じやすくなります。特に作業療法は生活全体を扱うため、評価軸が共有されにくいことがあります。この価値観のズレが、判断への自信を揺らす要因になります。
経験不足が不安として強調されやすい理由
新人期を過ぎた3〜7年目の作業療法士は、一定の経験を積んでいる一方で、判断の責任も増える時期です。その結果、「できない理由」を経験不足に結びつけてしまいがちになります。しかし実際には、経験を重ねるほど扱う情報量が増え、迷いも増える傾向があります。判断に迷うこと自体が、臨床の幅が広がっているサインである場合も少なくありません。
判断の迷いを減らす「臨床推論(Clinical Reasoning)」の基本

臨床で判断に迷ったとき、多くの作業療法士は「もっと経験があれば」と考えがちです。しかし、迷いを減らす鍵は経験年数だけではありません。重要なのは、どのような思考プロセスで判断しているかを自覚することです。この章では、作業療法士が日常的に使っている「臨床推論」という考え方を整理し、判断に迷ったときの土台となる視点を明確にします。
そもそも臨床推論とは何か
臨床推論とは、評価で得た情報をもとに状況を理解し、介入の方向性を考え、結果を振り返る一連の思考プロセスを指します。単に知識を当てはめる作業ではなく、対象者の身体機能、生活背景、価値観を統合して判断する過程です。作業療法士の判断が一筋縄ではいかないのは、この統合の作業が常に求められるためです。迷いが生じるのは、臨床推論がうまく働いていないからではなく、むしろ複雑な情報を丁寧に扱っている証拠とも言えます。
作業療法士が使う主な思考プロセス
臨床推論には複数の思考の型があります。代表的なのは、評価結果やエビデンスをもとに考える科学的推論、対象者の生活史や語りを重視する物語的推論、そして経験から生まれる直感的推論です。作業療法士はこれらを単独で使うのではなく、状況に応じて行き来しながら判断しています。判断が難しく感じられるのは、複数の思考を同時に使っているからであり、決して能力が低いからではありません。
評価・介入の判断で何を根拠にするのか
判断に自信が持てない背景には、根拠が曖昧に感じられることがあります。しかし根拠は、必ずしも数値や検査結果だけではありません。対象者の反応、生活上の困りごと、本人が大切にしていることも重要な根拠です。これらを評価情報として整理し、「なぜこの関わりを選んだのか」を説明できる状態にすることが、判断の安定につながります。
迷ったときに立ち返る3つの視点
判断に迷ったときは、思考をシンプルに戻すことが有効です。第一に、対象者は何に困っているのか。第二に、その困りごとは生活の中でどのように現れているのか。第三に、今の関わりはその生活にどう影響するのか。この3点に立ち返ることで、判断の軸が整理されます。正解を探すのではなく、妥当性を確認する視点を持つことが、臨床推論を支える土台になります。
判断が遅い・できないを“強みに変える3つの思考法

判断が遅い、すぐに決められないと感じると、自分の臨床力に不安を覚えがちです。しかし作業療法士の判断は、速さよりも妥当性が重視されます。この章では、「判断できない」と感じる状態を弱点として扱うのではなく、臨床の質を高める力へと変えていくための思考法を整理します。
観察を言語化する力を育てる
判断に迷う背景には、観察したことが頭の中で整理しきれていない状態があります。例えば、動作はできているが表情が硬い、動きにためらいがあるといった情報は、重要な判断材料です。これらを「なんとなく気になる」で終わらせず、言葉にすることで判断の輪郭がはっきりします。観察を言語化する習慣は、判断を早めるためではなく、納得感を高めるために役立ちます。
介入仮説を立てて検証する癖をつける
作業療法の判断は、一度で正解にたどり着くものではありません。だからこそ、最初から完璧な判断を目指す必要はありません。重要なのは、「この関わりでこう変わるかもしれない」という仮説を持ち、実際の反応を見て修正していく姿勢です。判断が遅いと感じる人ほど、失敗を避けようとして思考が止まりやすくなります。仮説と検証を前提にすると、判断は自然と動き出します。
振り返りと他者の視点を活かす
判断力は一人で完結するものではありません。振り返りの中で、自分の判断がどのような結果につながったのかを確認することで、次の臨床に活かせる材料が増えます。また、上司や同僚、他職種の視点を取り入れることで、自分では気づけなかった判断軸に触れることができます。他者の意見を聞くことは、自信のなさの表れではなく、判断を磨くための重要なプロセスです。
判断に迷った時の現場で使える具体ステップ

判断に迷う場面では、「早く決めなければ」という焦りが思考を狭めてしまいがちです。しかし、作業療法士の判断はスピードよりも一貫性と納得感が重要です。この章では、迷ったときに感情に引きずられず、落ち着いて臨床を進めるための具体的なステップを整理します。
客観データを一度整理する
判断に迷ったときは、まず評価で得た情報を客観的に整理することが有効です。関節可動域や筋力といった数値データだけでなく、動作の様子や環境条件も含めて見直します。頭の中だけで考え続けると、不安や先入観が混ざりやすくなります。一度情報を書き出すことで、判断の材料と感情を切り分けやすくなります。
本人の価値や希望を再確認する
作業療法士の判断は、本人の価値観と切り離して考えることができません。迷いが生じたときは、「本人は何を大切にしているのか」「どの生活場面を優先したいのか」を改めて確認します。目標設定の段階に立ち返ることで、判断の方向性が整理されます。技術的に正しそうな介入よりも、本人の生活に合った選択が必要な場面も多くあります。
ルールと柔軟性の両方を意識する
臨床では、ガイドラインや施設のルールを守ることが前提になります。一方で、個別性を重視する作業療法では、状況に応じた調整も欠かせません。判断に迷うときは、「守るべきルール」と「調整できる部分」を分けて考えると整理しやすくなります。すべてを完璧にしようとせず、現実的な落としどころを探す視点が判断を支えます。
判断の過程を記録として残す
迷いながら行った判断こそ、後から振り返る価値があります。なぜその判断に至ったのか、どの情報を根拠にしたのかを記録として残すことで、次の臨床に活かせます。結果だけでなく、考えた過程を書くことが重要です。記録は評価のためだけでなく、自分自身の判断力を育てるツールとしても機能します。
「判断できない自分」を肯定する理由
判断に迷うたびに、「自分は向いていないのではないか」と感じてしまう作業療法士は少なくありません。しかし、その迷いは否定すべきものではなく、むしろ作業療法士としての専門性と深く結びついています。この章では、「判断できない」と感じる自分をどのように捉え直せばよいのかを整理します。
迷いは未熟さではなく専門性の一部
作業療法士の判断は、単純な正誤で評価できるものではありません。生活行為や価値観を扱う以上、常に複数の選択肢が存在します。その中で迷いが生まれるのは、対象者の状況を丁寧に考えている証拠です。即断できないことは、能力不足ではなく、情報を慎重に扱っている結果である場合が多くあります。
作業療法士の専門性は「答えを出す速さ」ではない
判断力というと、素早く正解を導き出す力をイメージしがちです。しかし作業療法士に求められるのは、対象者にとって妥当な選択を探り続ける力です。状況に応じて考えを修正し、よりよい関わりを模索する姿勢そのものが専門性と言えます。迷いながら考える過程を持てることは、作業療法士としての強みになります。
迷いを重ねた経験が判断の軸を育てる
これまで迷ったケースを振り返ると、判断に悩んだ経験ほど記憶に残っていることが多いのではないでしょうか。その積み重ねが、自分なりの判断基準や思考の癖を形づくります。迷いは成長の途中で必ず通る過程であり、避けるものではありません。判断に迷った経験が、次の臨床での落ち着きにつながっていきます。
まとめ

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作業療法士が判断に迷うのは、評価・介入・生活背景を同時に扱う職種特性によるものです
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「正解がない」「基準が曖昧」と感じる現場では、迷いが生じるのは自然なことです
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臨床推論は、知識だけでなく思考のプロセスを自覚することで安定します
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判断が遅い・できないと感じる状態は、観察や仮説検証を深めるチャンスでもあります
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迷いを重ねた経験そのものが、作業療法士としての判断の軸を育てていきます
作業療法士の判断に「すぐ出せる正解」は存在しません。だからこそ、迷いながら考え続ける姿勢が専門性になります。判断を急ぐのではなく、自分の思考のプロセスを大切にしながら現場に向き合ってみてください。その積み重ねが、確かな臨床力につながっていきます。


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