声をかけるか、待つか。OTの脳内で起きた3秒間 ― 沈黙を選んだOTの思考ログ

OTの脳内会議

リハビリ中、「声をかけるべきか、それとも待つべきか」と一瞬迷った経験はないでしょうか。
作業療法士の臨床では、判断が求められる場面ほど、正解が見えにくくなることがあります。この記事では、ある3秒間に起きていたOTの思考を、一つのエピソードとして丁寧に振り返ります。

 

その3秒間に、OTの判断がすべて詰まっていた

作業療法士の判断は、決断そのものよりも「判断に至るまでの思考」によって支えられていることが見えてきます。この章では、ある3秒間に起きていた状況と、頭の中で同時に走っていた選択肢を整理し、その時点で何が評価されていたのかを明らかにします。

場面の状況と、違和感が生まれた瞬間

その場面は、特別な出来事が起きていたわけではありません。利用者はこれまでと同じように動作課題に取り組んでおり、外から見れば大きな変化はない状況でした。ただ、その動きの入り方や、表情のわずかな変化に、これまでとは違う感覚がありました。
声をかければ介入できる。しかし、今その言葉を入れることで、流れを崩してしまう可能性もある。そんな判断材料が一気に立ち上がり、違和感として意識に引っかかりました。この時点で、すでに評価は始まっており、何もしなかったわけではありません。

一瞬で浮かんだ複数の選択肢(声をかける/待つ/別案)

違和感を覚えた直後、頭の中にはいくつかの選択肢が同時に浮かびました。声をかけて動作を修正する案、あえて待って利用者の反応を見る案、直接の声かけではなく環境や視点を変える別案です。
どれも間違いではなく、それぞれに理由がありました。ただ、その場の空気や利用者の集中の度合いを考えたとき、どの選択肢も決定打にはならなかったのです。判断できなかったのではなく、複数の可能性を同時に保持したまま、次の展開を見極めようとしていました。

動かなかった理由は、消極性ではなく思考の渋滞だった

動かなかった判断は「何も考えていなかった」結果ではなく、むしろ考えすぎるほど考えていた状態だったことが分かります。この章では、なぜ行動に移らなかったのかを、当時の思考の流れに沿って整理し、判断が止まった理由を言語化していきます。

頭の中で同時に走っていた判断A・B・C

違和感を覚えた直後、頭の中では複数の判断が同時に進んでいました。まず浮かんだのは、これまでの練習内容を踏まえた修正案です。一方で、今は介入せず、自発的な試行錯誤を優先したほうが良いのではないかという考えもありました。さらに、声かけ以外の方法で関われないかという視点も重なります。
どれか一つを選べば動けますが、どれも捨てきれない。その結果、判断が前に進まず、思考だけが渋滞している状態になっていました。

過去の経験が判断に割り込んできた瞬間

判断をさらに複雑にしたのは、過去の経験でした。以前、同じような場面で声をかけたことで、利用者の集中を切ってしまったことがあります。その記憶が、今回の判断に割り込んできました。
同時に、待ちすぎたことでタイミングを逃した経験も思い出されます。成功体験と失敗体験が同時に浮かび、それぞれが別の選択肢を後押しするため、判断は一層揺れ動きました。

「今じゃない」とブレーキを踏んだ決定打

最終的にブレーキを踏んだのは、「今は介入の質を高めるより、場を保つことを優先したい」という感覚でした。動作そのものよりも、利用者が集中を維持している状態を崩さないことが重要だと判断したのです。
結果として、声をかけない選択をしましたが、それは消極的な判断ではありませんでした。複数の可能性を考えたうえで、あえて動かないという選択を取った瞬間でした。

本当は選択肢が3つあったという事実

その場の判断は二択ではなく、複数の可能性の中から一つを選んだ結果であったことが分かります。この章では、実際に検討していた選択肢を整理し、なぜ「やらなかった関わり方」を選ぶに至ったのかを明確にしていきます。

実は考えていた介入案B

声をかける、待つ、という二つの選択肢以外にも、別の介入案は頭の中にありました。例えば、直接的な言葉かけではなく、姿勢や視線の位置を変えることで気づきを促す方法です。
この案は、利用者の集中を大きく崩さずに関われる可能性がありました。しかし、その時点では、環境に手を加えることで逆に意識を外へ向けてしまうリスクも感じていました。そのため、候補の一つとして保持しつつも、実行には踏み切りませんでした。

あえて切り捨てた関わり方と、その理由

選択肢の中には、明確に「今回は選ばない」と判断した関わり方もありました。動作を止めて説明する方法や、成功体験を言葉で強調する介入です。
これらは有効な場面も多い一方で、この時の利用者にとっては、今の流れを断ち切ってしまう可能性が高いと感じました。状況に合わないと判断した関わり方を切り捨てることも、判断の一部でした。

「やらなかったこと」を選んだ感覚

最終的に残ったのは、「何かをする」よりも「何もしない」を選ぶ感覚でした。行動しなかったことで、結果的に場の流れは保たれ、利用者は自分のペースで課題に向き合い続けていました。
やらなかったことは、後から振り返ると評価しにくい部分でもあります。ただ、その瞬間には、複数の選択肢を検討したうえでの意図的な判断が確かに存在していました。

沈黙していた時間に、起きていたリハビリ

沈黙していた時間は「何もしていなかった時間」ではなく、評価と判断が進行していた時間だったことが分かります。この章では、声をかけなかった間に行われていたリハビリの中身を整理し、沈黙が果たしていた役割を明確にします。

表からは見えない観察と評価

声をかけていない間も、評価は止まっていませんでした。動作の安定性やリズムの変化、視線の動きなど、細かな情報が次々と入ってきます。
言葉で介入しない分、観察に意識を集中できていたとも言えます。その結果、利用者がどの部分で迷い、どこで踏ん張っているのかが、よりはっきりと見えてきました。

沈黙を保つことで守られたもの

沈黙を選んだことで守られたのは、利用者の集中と主体性でした。声をかければ安心感は与えられますが、その分、自分で考える時間を奪ってしまう可能性もあります。
今回は、あえて介入しないことで、利用者が自分の感覚を頼りに動作を続ける余地が残りました。その空間を保つこと自体が、意味のある関わりだったと感じています。

声をかけなかったことが生んだ変化

結果として、利用者は自分なりの工夫を重ねながら動作を完了させていました。大きな成功や失敗があったわけではありませんが、途中で立ち止まり、考え直す姿が見られました。
声をかけなかったことで生まれたこの変化は、後から振り返って初めて気づけたものです。沈黙が、利用者の行動を引き出すきっかけになっていた可能性がありました。

あの判断は正解だったのかと、今も考える

臨床判断は結果だけで評価できるものではなく、その時点での情報や状況をどう受け取っていたかが重要であることが分かります。この章では、判断を振り返る視点そのものを整理し、後付けの評価に引きずられない考え方を確認します。

結果だけ見れば語れてしまう危うさ

後から振り返ると、「うまくいった」「問題なかった」という結果だけで判断を整理してしまいがちです。しかし、その整理の仕方では、当時なぜ迷ったのか、何を考えていたのかが抜け落ちてしまいます。
結果が良ければ正解、悪ければ失敗という見方は分かりやすい反面、臨床の判断過程を見えなくしてしまう危うさがあります。判断を評価するには、その時点で持っていた情報と制約を含めて考える必要があります。

今の自分なら、同じ判断をするか

経験を重ねた今であれば、同じ場面で別の選択をする可能性もあります。評価の視点が増え、使える引き出しも増えているからです。
ただし、それは「当時の判断が間違っていた」ことを意味するわけではありません。その時点の自分が持っていた知識と経験の中で、最善を探っていた事実は変わりません。

それでも「あの時の自分」を否定しない理由

判断に迷った過去を否定してしまうと、次の判断にも自信が持てなくなります。迷ったこと自体が失敗だと捉えてしまうからです。
あの時の判断は、状況を真剣に見て、考えた結果でした。その過程を認めることが、次の臨床で同じような場面に立ったときの支えになります。

選ばなかった選択肢も、OTの仕事の一部だった

臨床では「選んだ行動」だけでなく、「選ばなかった選択肢」も含めてOTの仕事が成り立っていることが分かります。この章では、判断しきれなかった自分との向き合い方と、その迷いを次につなげる考え方を整理します。

判断できなかった自分をどう扱うか

判断に迷った自分を、未熟だったと切り捨ててしまうのは簡単です。しかし、その場で即断できなかった背景には、状況を丁寧に見ようとした姿勢があります。
すぐに答えを出さなかったことは、責任を放棄したのではなく、判断の質を保とうとした結果でした。その視点で振り返ることで、迷った自分も臨床の一部として受け止めやすくなります。

迷いを残したまま臨床に立つということ

臨床では、すべての迷いがその場で解消されるわけではありません。判断に引っかかりを残したまま、次の場面に進むこともあります。
その迷いを無理に消そうとせず、「次に同じ状況が来たらどうするか」という問いとして持ち続けることが、経験の積み重ねにつながります。迷いは、思考を止めないための材料でもあります。

次に同じ場面が来たときの、ひとつの指針

今回のエピソードから得た指針は、必ずしも具体的な技術ではありません。「迷っている自分がいる」という事実を、判断材料として扱うという視点です。
次に似た場面が来たとき、即断できなくても構いません。その迷いを含めて評価し、場に合った関わり方を探すこと自体が、OTとしての仕事だと考えています。

まとめ

判断の速さより、思考の厚みを大事にしたい

このエピソードから見えてきたポイントは、次のとおりです。

  • 声をかけなかった判断にも、明確な思考と評価があった

  • 動かなかった時間は、何もしていなかったわけではない

  • 選ばなかった選択肢も、臨床判断の一部として残っている

  • 結果だけで判断を評価すると、思考の過程が見えなくなる

  • 迷いを抱えたまま臨床に立つこと自体が、OTの専門性につながる

臨床では、すべてを即断できる場面ばかりではありません。
声をかけるか、待つか。その3秒間に何を考えていたかを振り返ることは、次の判断の質を高める材料になります。もしこの記事のエピソードが、自分の中に残っている「脳内会議」と重なったなら、その迷いも大切に扱ってみてください。それが、次の臨床につながっていくはずです。

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