今日は“介入しない”を選んだ理由~今日の現場ノート~

今日の現場ノート

今日は、あえて介入しませんでした。
何も起きなかった現場で、頭の中だけは忙しく動いていた。その判断を、忘れないうちに言葉にしておきたいと思います。これは、今日の現場ノートです。

その場で起きていた判断は、介入するかどうかの二択ではなかった

介入するか、しないか。
現場ではつい二択で語られがちですが、実際にはその間にいくつもの判断が重なっています。この場面でも、何かをする・しないを即断していたわけではありません。違和感を拾い、選択肢を並べ、今はどれが一番ズレが少ないかを探していました。ここでは、その一瞬に何が見えていて、何を保留にしていたのかを整理します。

場面の状況と、違和感が生まれた瞬間

その場は、決して大きなトラブルが起きていたわけではありません。動きは止まっていましたが、危険が差し迫っている状況でもなく、声をかければ流れが変わる可能性もありました。ただ、そこで引っかかったのは「今、介入すると場面が軽く壊れるかもしれない」という感覚です。
表情、動きの間、空気感。明確な理由として説明しづらい要素が重なり、今はまだ触れない方がいいのではないか、という違和感が先に立ちました。その違和感を無視して介入することもできましたが、今回は一度立ち止まる選択をしました。

一瞬で浮かんだ複数の選択肢(声をかける/待つ/別案)

頭の中では、声をかける選択肢だけがあったわけではありません。軽く促す、少し距離を取って待つ、場面を変えるための別案を入れるなど、複数の手が同時に浮かんでいました。それぞれにメリットとリスクがあり、どれを選んでも完全に正解とは言い切れない状態です。
その中で今回は、「待つ」を含めた選択肢が一番ズレが少ないと感じました。何もしないのではなく、次に動くための情報をもう少し集める、という位置づけです。

介入しなかった理由は、消極性ではなく思考の渋滞だった

介入しなかった理由を一言で説明しようとすると、どうしても弱く聞こえてしまいます。ただ、実際に起きていたのは迷いではなく、判断の渋滞でした。複数の可能性を同時に検討し、それぞれの影響を想像していた結果、動くタイミングを見送った、という方が近い感覚です。この章では、その頭の中をもう少し分解してみます。

頭の中で同時に走っていた判断A・B・C

一つの判断だけを考えていたわけではありません。仮にAの介入を選んだ場合、場面はどう動くか。Bを選んだら、本人の反応はどう変わるか。Cを選ばずに待った場合、何が見えてくるか。そうしたシミュレーションが、ほぼ同時に走っていました。
それぞれが現実的で、かつリスクも伴うため、どれか一つを即断するには材料が足りませんでした。だからこそ、動けなかったのではなく、決めきらなかった、という表現の方がしっくりきます。

過去の経験が判断に割り込んできた瞬間

判断を難しくしていたのは、その場の情報だけではありません。過去に似た場面で、早く介入しすぎて流れを止めてしまった経験や、逆に待ったことで本人の動きが引き出された記憶が、自然と重なってきました。
経験は助けにもなりますが、同時に判断を鈍らせることもあります。今回は、その両方が顔を出していて、どの経験を優先するかを選びきれない状態でした。

「今じゃない」とブレーキを踏んだ決定打

最終的にブレーキを踏んだのは、「今、動く必然性があるか」という問いでした。危険が差し迫っているわけでもなく、本人の動きが完全に止まっているわけでもない。そう考えたとき、介入する理由よりも、少し待つ理由の方が多く残りました。
この判断が正解だったかどうかは、まだわかりません。ただ、その時点では「今じゃない」と判断するだけの根拠は、確かにありました。

「何もしない」という判断が、実は一番負荷が高いこともある

介入しない判断は、楽をしているように見られがちです。ただ実感としては、その逆で、何もしない選択ほど負荷がかかる場面も少なくありません。動かない間も状況を見続け、いつでも介入できるように構え続ける必要があります。この章では、そのときに感じていた重さを整理します。

関わらない選択に伴う責任と不安

介入しないと決めた瞬間から、不安は消えません。本当にこのままでいいのか、あとから「なぜ何もしなかったのか」と問われたらどう説明するのか。そうした考えが頭をよぎります。
それでも待つと決めた以上、その結果に対する責任は引き受ける必要があります。何か起きたときに備えつつ、何も起きない可能性も含めて受け止める。その覚悟があるかどうかが、「関わらない」という選択の重さだと感じました。

待つことでしか見えない反応があるという事実

待ったからこそ見えた反応もありました。こちらが手を出さなかったことで、本人の小さな動きや迷いがそのまま表に出てきた場面です。もし声をかけていたら、その反応は拾えなかったかもしれません。
待つことは放置ではなく、観察の密度を上げる行為でもあります。その時間があったからこそ、次にどう関わるかの輪郭が少しはっきりしました。

今日は“介入しない”を選んだ、その時点での結論

介入しなかった判断は、その場で完結するものではありません。今日の選択が正しかったかどうかは、時間が経ってからしか見えない部分もあります。それでも、判断を投げっぱなしにしないために、今の時点で言葉にしておきたい結論があります。

この判断を正解にするために、あとからできること

介入しなかった以上、何もしないまま終わらせるわけにはいきません。記録にどう残すか、次回どこを見るか、他職種と共有するとしたら何を伝えるか。そうした“あとからできること”によって、この判断は意味を持ちます。
今日の選択を正解にするかどうかは、結果だけで決まるものではありません。振り返り、次につなげることで、判断としての厚みが出てくると感じています。

明日、同じ場面に出会ったらどうするか

もし明日、まったく同じ場面に出会ったら、同じ判断をするとは限りません。今日得た情報や感触がある分、声をかける選択をする可能性もあります。それでいいと思っています。
判断は固定された正解ではなく、その時点の最適解です。今日は“介入しない”を選んだ。ただそれだけの話を、必要以上に正当化せず、でも雑にも扱わずに受け止めたいと思います。

まとめ

  • 介入するかどうかは、単純な二択ではなく複数の判断が同時に走っている

  • 介入しなかった理由は、迷いではなく思考が詰まっていた結果だった

  • 「何もしない」という選択は、楽ではなく責任と負荷を伴う判断でもある

  • 待ったからこそ見えた反応や、拾えた情報が確かに存在していた

  • 判断はその場で完結せず、振り返りと次へのつなぎで意味を持つ

今日は“介入しない”を選びました。
それは正解でも不正解でもなく、その時点での最適解だったのだと思います。現場では、答えが出ないまま判断を引き受ける場面が少なくありません。だからこそ、自分が何を見て、何を考え、なぜその選択をしたのかを言葉に残しておくことが、次の判断を支える土台になります。この現場ノートが、誰かが立ち止まったときの思考整理のきっかけになれば幸いです。

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